得意な認知機能を見つけることの意義

先日、とある精神科クリニックでのできごとです。

認知症のご本人と家族の方が、脳体力トレーナーCogEvo(コグエボ)で認知機能のチェックを行ったのですが、ご本人がいきなり空間認識力のタスク(ジャストフィット)で特級を出したのです。他のタスクは殆どできなかったのですが、同タスクは高得点をだし、家族は非常に驚いた様子でした。実施したご本人も嬉しい表情で何度もチャレンジしたいと話していました。

MMSE(ミニメンタル・ステート検査)では総得点でフィードバックされることが殆どで、認知症が進行している方にとっては結果に対して前向きにとらえるのは難しいと言われています。

脳体力トレーナーCogEvoは、得点・指数・級表示の説明のしやすさだけでなく、電子機器に不慣れな高齢者でも興味を持って取り組むことができたり、高得点を目指してタスクを繰り返しできることについて、専門医の方々からも評価されています。

外来のたびに行う認知機能検査は本人や家族にとってもストレスがかかり、受診抑制の要因のひとつとも言われています。受診に前向きになることは、認知症以外の疾患や体調の変化を見つけることにもなるため、健康維持の面でも非常に大切なことです。

そして、認知症が進行していても得意な認知機能があることは、それを活かした生活の対処の方法を見つけることで、その人らしい健康な暮らしを長く保つことが可能になります。

認知症はもの忘れだけではない

「最近『あれっ』が増えていませんか?」というフレーズでもあるように、認知症=もの忘れと思っている人が多いようです。認知症が「忘れる」障害であり、また「もの忘れ外来」が増えていることも要因のひとつと言われています。

しかしながら、早期の認知機能の低下においては、記憶だけでなく、学習機能、注意機能、知能機能、言語機能、視空間認知機能など、多面的な認知領域の低下を含んでいることがわかっています。

認知症ではない高齢者(計833名・60歳以上)を対象とした研究において、《記憶・学習》《注意・集中》《思考》《言語》《視空間認知》の5つの認知領域のいずれか1つ以上の機能が低下している高齢者は全体の2割で、その内のさらに3割の人が3年以内に認知症に移行したという報告(Ritchie K et al,Neyrology,56,37-42,2001)がありました。

このことからわかるように、「もの忘れ(=記憶力の低下)」だけに気を付けておけばいいというわけではないようです。

《注意散漫になる》《感情の起伏がある》《方向感覚がわからない》といったことはその人の認知機能の特性であり、それぞれに得意・不得意があります。また加齢による認知機能の低下時においても、低下する機能は人それぞれ異なります。

「もの忘れ」だけでなく、各認知機能の変化やバランスをとらえることが、その人らしい生活を維持する上で、大切なのではないでしょうか_。

生涯現役と認知機能

高齢化社会になる中で、雇用延長や年金受給開始時期の変更など社会インフラの整備が始まっています。長く働き続けるためには良好な健康状態を保つことはもちろんですが、認知機能を維持することが重要であるといわれています。

認知機能というと認知症を想像するかたが多いようですが、実は私たちの生活にとても密接な機能のひとつです。10月に開催された日本認知症学会の若年認知症のシンポジウムで、就業継続困難による経済的貧困になることが若年認知症の大きな問題のひとつであると報告していました。

働くことは、業務をきちんと遂行することと職場や取引先とのコミュニケーションをとるということが必要となりますが、記憶障害(物忘れ)によって起こる問題は、過去の出来事を思い出せないので困るのではなく、約束を忘れたり、言ったことを忘れてしまって、人との関係性に影響することとによって本人も周囲の人も困ることにあります。

つまり、認知機能低下によって、社会生活と社会関係性に障害が出てくると、就業継続が難しくなることを意味しています。

日ごろから自身の認知機能に関心を持ち、何らかの変化があったときには、機能維持のための脳トレの実施、食生活の改善、仕事内容の変更、医療機関への受診、必要な支援やサービスを受ける、などの必要な環境調整の準備をすることが、いつまでも働き続ける、社会参加し続ける_生涯現役を可能にする一助ではないでしょうか

本人主体のICTツールでなければ

今年10月に認知症学会のシンポジウムが行われました。会場で家族会の人から「家族会に相談にくる人は症状がすすんでおり抱えている問題が深刻である、医療機関がもっと早く認知症に気づいてくれれば、私たちの支援につなげるのに・・」と発言があり、それに対して医師は「受診してくれないと診断がつかないので気になったら早期受診を・・」と。

認知機能の低下をいち早く感じるのは家族ではなく本人であることが報告されていますが、本人にとって医師や専門職による神経心理学検査を受けることは心理的バリアーを感じることが少なくありません。

そこで、認知症の専門機関だけでなく、持病での受診の際や、薬局、地域包括支援センター、地域のイベントなど、医療の入り口から日常生活の様々な場面で、本人が主体となって気軽に楽しく認知機能をチェックできるものがあればいいのではないでしょうか。

柏フレイル予防プロジェクト2025「フレイルやサルコペニアに対する簡易スクリーニング法の開発」(高齢社会総合研究機構)の中でも、いかに市民サポーターと市民だけで、「簡便に」評価できるか、「みんなで楽しく、そして継続して」、「気づき」を与えられるのかが重要であることが報告されています。